香川真司(日本代表/ベシクタシュ)
生年月日:1989年3月17日(30歳)
ポジション:MF
マンU在籍時成績:公式戦57試合出場/6得点10アシスト
ボルシア・ドルトムントからの獲得額:1600万ユーロ(約20億円)
ボルシア・ドルトムントへの売却額:800万ユーロ(約11億円)
差額:約10億円
ボルシア・ドルトムントでロベルト・レバンドフスキやマリオ・ゲッツェらとともにクラブの黄金期を築き、ブンデスリーガ制覇やDFBポカール優勝などに貢献した香川真司。当時ドイツでは絶大な人気を誇っており、ビルト誌やキッカー誌などでブンデスリーガのベストイレブンに選出されることもあった。
その活躍に注目したのが当時マンチェスター・ユナイテッドを率いていた名将アレックス・ファーガソン監督だ。そして香川は2012年夏、イングランドの名門クラブへの移籍を決めた。移籍金は1600万ユーロ(約20億円)とされている。
香川は開幕から3試合連続でトップ下での出場を果たした。第2節の対フルアム戦ではゴールも決めるなど、プレミアリーグでもその実力をさっそく証明したのである。しかし、第7節の対ニューカッスル戦でファーガソン監督は、システムをそれまでの4-2-3-1からダイヤモンド型の4-4-2へ変更。そして香川を、日本代表でも経験したことのない右サイドハーフで起用したのである。だが慣れないポジションで香川は大苦戦。守備に追われ、持ち味を発揮することができなかった。
さらにチャンピオンズリーグの対ブラガ戦でもダイヤモンド型の4-4-2を採用したファーガソン監督は再び香川を右サイドハーフで起用する。ニューカッスル戦よりは攻撃に絡む回数も増えたが、不運なことに、同選手はその試合で怪我を負い、以降のリーグ戦数試合を欠場することになってしまったのだ。
結果、香川はそのシーズンのリーグ戦20試合に出場。6得点4アシストの成績を収めたが、トップ下、サイドハーフと様々なポジションを任され、チームに馴染むのに精一杯だった。
翌シーズン、ファーガソン監督が退任し、後任にはデイビッド・モイーズが就いた。香川はそのシーズン、コンフェデレーションズカップに日本代表として出場した影響でチームへの合流が遅れ、開幕から数試合を欠場することになった。その後モイーズ監督は主に左サイドハーフで香川を試すが、結果を残すことができず。その年のリーグ戦は18試合の出場に留まった。チャンピオンズリーグや国内カップ戦にも数試合出場したが、公式戦の得点は「0」に終わっている。
迎えた2014/15シーズン、クラブは香川をドルトムントへ売却することを決めた。移籍金は獲得時のおよそ半額ほどとなる800万ユーロ(約11億円)とされている。
ドイツ紙は香川のイングランド挑戦を「サッカー人生で最大の失敗」と評価するなど、ユナイテッド移籍はあまり良い結果とは言い難かった。
5/10(金) 7:00 フットボールチャンネル
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190510-00320877-footballc-socc

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