中田英寿

「中田英寿は史上最強の日本人サッカー選手!」byイタリアメディア


1日に元ペルージャの名物会長ルチアーノ・ガウッチ氏が亡くなったことを受け、イタリアのサッカー情報サイト『トゥット・メルカートウェブ』が特集を組み、ベストイレブンを選出した。
1938年、ローマ生まれのガウッチ氏は実業家として名を馳せ、1991年に当時、セリエC1(3部相当)だったペルージャの会長職に就任。セリエB、セリエAと上位リーグへの昇格を経験し、1998年夏には元日本代表MF中田英寿を獲得したことにより、日本からも大きく注目を集めた。競走馬トニービンの馬主としても知られる。
特集では、ガウッチ氏が率いたペルージャの黄金期を振り返り、「(マルコ)マテラッツィからナカタまで…ガウッチのペルージャ、ベスト11」との見出しでベストメンバーを選出。「セルセ・コズミの十八番である3-5-2のシステムでのペルージャ黄金期のベスト11」と紹介している。
1998夏にペルージャに加入し、ローマにステップアップするまでの1年半を過ごした中田氏も中盤のベストメンバーに選出されている。
「ヒデトシ・ナカタが史上最強の日本人サッカー選手であることに大きな疑いはない。もちろん、彼がヨーロッパサッカー界において唯一、あらゆる面で成功を収めた選手だろう。ナイキのCMの主役になったほどだ。移籍金350万ドル(約3.8億円)で加入し、ローマには300億リラ(約18億円)で売却された」
ペルージャ黄金期ベストイレブンは以下の通り。
GK
ジェリコ・カラッツ
DF
トライアノス・デラス
マルコ・マテラッツィ
マウロ・ミラネーゼ
MF
ゼ・マリア
中田英寿
ジェンナーロ・ガットゥーゾ
ファビオ・リヴェラーニ
ファビオ・グロッソ
FW
ファブリツィオ・ミッコリ
ジシス・ヴリーザス
2/7(金) 20:11配信 GOAL
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200207-00010022-goal-socc

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中田英寿とトッティ・・・変わり者はどっち?


元イタリア代表で「ローマの王子様」と呼ばれたフランチェスコ・トッティが、DAZNのインタビューで中田英寿について語り、話題になっている。
中田は99年から01年までローマに所属し、トッティとはチームメイトにしてポジションを争うライバルだった。トッティは現役時代に最も驚いたエピソードを聞かれ、中田の名前を挙げている。なんでも01年にローマがセリエA優勝を決めた直後、スタジアム全体がお祭り騒ぎになる中、中田はロッカールームで本を読んでいたのだという。それを見たトッティは「(この状況で)なぜそんなことをしているのか」と思ったとか。
「ローマは熱狂的なファンが多いチームです。それが18年ぶりに優勝したわけですから、スタジアムはお祭り騒ぎ。試合終了のホイッスルが鳴る前にピッチになだれ込む観客がいたほどです。そんなフィーバーの中、読書をしている中田を、チーム生え抜きで優勝の重みを知っているトッティが理解できないのも当然です」(スポーツライター)
中田を東洋の変わり者扱いしたローマの王子様だが、サッカーファンからは「トッティのほうが変わり者」とのツッコミが入っている。トッティはイタリアでは「天然キャラ」としてイジられているからだ。
たとえば、悩みの半分を解決できるという本を見た彼は「2冊買えば悩みがすべてなくなる」と言って2冊購入した。また、自身の著書が100万部売れたことを聞かされると、「そんなはずはない。俺は1冊しか書いてない」と驚いたという。アニメ「キャプテン翼」が大好きだった子供の頃には、日向小次郎のシュートをマネして骨折したという逸話も残っている。
「どれも嘘か真かはっきりせず、作られたエピソードという気がしないでもないんです。ただ、トッティならやりそうと納得してしまうキャラクターなのは確か(笑)。はっきり言って、中田以上の変わり者、天然キャラですよ」(前出・スポーツライター)
愛されキャラのトッティ。ぜひ監督としてピッチに帰ってきてほしいものだ。

トッティが中田英寿を変人扱いするも「お前のほうが変わり者」の総ツッコミ!

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「日本代表をお酒に例えるのは・・・」by中田英寿

中田英寿氏 日本代表については語らず…「お酒に例えるのは難しいかな」
元サッカー日本代表の中田英寿氏(41)が10日、都内で行われた世界一の日本酒を決めるコンペティション「SAKE COMPETITION 2018」表彰式に出席した。
今回で7回目を迎える世界最大規模の日本酒コンペで、市販酒のみ出品できるのが大きな特徴。
今年は参加蔵数約455、出品酒1772点で、「純米大吟醸酒部門」「純米吟醸部門」
「純米酒部門」など全8部門を審査し、上位入賞酒を発表・表彰する。
中田氏は、2016年に自らの発案で設立した「SuperPremium部門」のゲストプレゼンターを務め、
受賞者に記念品などを手渡した。
イベント後の囲み取材では、今週から開催されるサッカーW杯ロシア大会について
元日本代表の中田氏からコメントを引き出そうとした記者から
「日本代表をお酒に例えるとどんなお酒か?」との質問が飛んだ。
しかし、中田氏は「日本代表の話をしてほしいからってお酒に例えるのは難しいかな。
その質問には無理があるのでは」と一蹴し、W杯については語らずじまいだった。
日本酒の世界への広がりについて中田氏は「飲料は食事とともに広がる事が多い。
日本酒は、日本食以外のフレンチや中華の時でも飲まれるように広がっていると感じる」としながらも、
「ワインはソムリエや色んな伝える人がいるが、日本酒にはいない。
読めないラベルをどう伝えていくのかが問題だ」と指摘した。
[ 2018年6月11日 15:45 ]
スポニチ
https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2018/06/11/kiji/20180611s00041000194000c.html
都内の「SAKE COMPETITION2018」表彰式に出席した中田英寿氏

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中田英寿さん、古巣ローマを訪問し大歓迎を受ける!「イタリア王者ナカタだ!」

ローマ訪問の中田英寿氏を古巣が歓迎「誰かと思ったら…イタリア王者ナカタだ!」
6/5(火) 19:28配信 GOAL
http://www.goal.com/jp/%E3%8B%E3%A5%E・・・
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180605-00000027-goal-socc
ローマでプレーしていた中田英寿氏(C)Getty Images

元日本代表の中田英寿氏が4日、古巣のローマを訪問した。イタリア紙『ガゼッタ・デロ・スポルト』が報じている。
中田氏は現役時代、日本人選手の海外組先駆者としてセリエAに渡り、ペルージャやパルマなどで活躍。2000年冬に加入したローマでは、トッティとポジション争いを演じたほか、翌シーズンにはユヴェントス戦でスクデットを呼び込むゴールを決め、日本人初となるセリエA制覇を成し遂げた。中田氏は、スクデットをもたらした英雄として今でもローマで人気が高い。
セリエAに移籍した1998年から今年で20年。節目の年を迎えた中田氏は自身の軌跡をたどり、ペルージャに続いてローマのトリゴリアを訪れた。中でも元ローマのレジェンド、ブルーノ・コンティ氏と長らく話していたとみられる。
ローマもまた公式ツイッターを更新し、2001年の優勝メンバーの訪問を伝えている。中田氏の写真を添え、「今日、トリゴリアへ誰がやって来たか思ったら…元ジャッロロッソ(黄・赤:ローマのこと)のイタリア王者のヒデトシ・ナカタだ!」と歓迎した。ローマはさらに、公式ウェブサイトでも中田氏を紹介している。
「今日はトリゴリアを特別ゲストが訪れた。元ジャッロロッソのヒデトシ・ナカタだ。フルヴィオ・ベルナルディーニ・スポーツセンターを訪問してくれた。日本人MFは、2000年1月から2001年6月までローマのユニフォームでプレーした。ファビオ・カペッロ指揮下でチームは史上3度目のスクデットを獲得した。通算40試合に出場、6ゴールを決めた」

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「真摯に聞かれれば真摯に答える・・・マスコミとはすっごい戦った」by中田英寿

4/19(金) 10:13配信
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190419-00000041-dal-ent

元サッカー日本代表の中田英寿氏が19日、TBS系「ビビット」で、真矢ミキとの対談に臨み、現役時代のマスコミとの確執について語った。
真矢から小さい頃はどんな子どもだったのかと聞かれた中田氏は、教師や親が指導しても納得しなければ絶対にやらなかった子ども時代だったと振り返った。
これに真矢は「『なんで言う事を聞かないんだ』という人はいなかったのか?」と質問。すると中田氏は「そんなのいっぱいあって。その最たるものが現役時代のメディアとの付き合い方。すっごい戦いましたからね」と振り返った。
中田氏と親しい真矢は「ヒデちゃん、どなたとも溶け込んで…」とそんな一面は信じられないという表情を浮かべ、中田氏も「好きだから。子どもの頃から人と話をするのが好き」と認めたが、現役時代のヒーローインタビューを振り返り「試合終わりました、インタビュー生中継30秒、『今日はどうでしたか?』と。どうでした?お前の疑問はないのかと」と思っていたという。
「それをプロに向ける言葉なのかと思いながら」聞いていたといい「真摯に聞かれれば真摯に答えるし、その他の所でも予定調和とか、向こうが自分の欲しい答えを引きだそうとしているのが分かった瞬間に、わざと違う答えを言ったり」ともコメント。
「そういう人に対してはすぐに戦う。それが何年も続いたし、自分も結構きついときもあったけど、自分の信念を曲げる事の方が嫌い」と当時を振り返っていた。

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